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2010.03.21
今日は淡路♪
淡路島で行われている淡路花博『花みどりフェア』のイベントに参加してきました。

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ウエスティンホテルができた年に泊まりに行って以来なので、9年ぶりです。
家族で出かけ、私達の演奏が終わった後は、食べっぱなし(笑)
どれもこれもほんとにおいしいですねー。

と、それよりも今日は、yahoo japanの その他 のところの地域の欄に『37歳大企業辞し医師の道へ』
という記事を発見。載せちゃいます。


『37歳大企業辞し医師の道へ』

父親と妹をがんで失ったのを機に医師を志し、大企業の研究員を辞めた上田浩之さん(37)=徳島市北田宮3=が、今春の入試で徳島大医学部に合格した。4月から念願の医師への一歩を踏み出す。
 兵庫県出身。京大農学部で新しいバイオテクノロジーに触れ、大学院を経て97年、大塚製薬に入社。約12年間、新薬の安全性評価に携わった。
 5人家族だったが、父俊雄さん(当時62歳)が00年、すい臓がんで死去。07年には、1歳違いの妹珠子さんが33歳の若さで子宮がんのため亡くなった。珠子さんは前年2人目の子どもを出産、この時の検査でがんが見つかった。末期の状態で手の施しようがなかったという。
 上田さんにとってただ一人の妹。見舞いに行っては励まし、体をさすった。「足が良くなったよ。ありがとう」。帰宅後に届いたメールを今でも覚えている。激痛に苦しむ珠子さんにマッサージすることしかできない歯がゆさ。医師への転身を漠然と描いた。08年に医師の妻・由佳さん(34)と結婚。助言を得て、医師になろうと覚悟を決めた。
 08年12月に大塚を退社。予備校では高校生らと机を並べて猛勉強した。受験勉強のさなかに長女が生まれた。「禁酒中だったが、その日だけはビールで乾杯した」
 3月10日の合格発表日、インターネットで結果を見た友人や元同僚から祝福の電話やメールが殺到した。「ホッとした」と口にしながらも、決意の言葉は力強い。「がん治療をテーマにしたい。生きる勇気を与えられるような、優しい医師になりたいんです」



毎日新聞に載っていたようです。
この上田さん、年末の私のコンサートに来てくれていたお客さんの弟さんなんです。
このお客さんは、主人が別でやっているバンド『metabo health 』というグループのボーカルのZEED君。

父が亡くなってから、ある時
主人が子どもに、
「もうちょっと若かったら、医学を勉強して、おじいちゃんのような人を救ってあげたいって思った」
私も、こんなに医学が発達しているのに、まだまだガンは治せないのか。と、同じ気持ちでした。

しかしこの上田さん、37歳で、医師の道へ。
素晴らしい。私には、同じことはできませんが、猛烈に応援します!
頑張って下さい!
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